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2006年5月20日 (土)

カフェ・ムゼウムとアドルフ・ロース

Cafe_museum
LeopoldMuseum Kooperationspartner Cafe Museum„Cafe Nihilismus“で、クリムトたちの活動を記しています。

メモ書きまでも残そうとしたコルビジェに対して、情報を徹底的に削除しようとしたロースは、晩年は絵を描いて過ごしましたが、死の直前に全て焼き捨てたと・・。そういうロースは、建築についてこう述べています。

建築について」 著:A.ロース 1910  訳:ミック Copyright (C)
-私が初めてものを作ることを許されたとき、既に述べたように、私が考える建築は平面上では表現することが難しかったため、私の仕事は酷評された。12年前、ウィーンでカフェ・ムゼウムを作ったときのことである。建築家たちは「カフェ・ニヒリズム」という名前を付けてくれたも のだ。しかし、カフェ・ムゼウムは今でも現存しているが、一方、他の大勢の建築家によって行なわれた近代的な内装の仕事は全部、とっくの昔にガラクタ置き場に投げ捨てられた。あるいはそうでなくとも、彼らは自分の仕事を恥じねばならなくなった。一方、カフェ・ムゼウムは今日の内装の仕事に、それ以前の全ての仕事を集めたよりも、ますます大きな影響力を持つようになった。そのことは、1899年にミュンヘンで発行された『装飾芸術』誌を見れば分かるだろう。同誌にはカフェ・ムゼウムの内装空間の写真が――私が思うに、編集部の方針に従って――掲載されたのだが、しかし、この写真は当時、全く影響を及ぼさなかった――完全に無視されたままだったのである。影響力を持ったのは、実際の建築物だけだった。それは、昔の親方も持っていたあの力、郵便も電話も新聞もなかったのに、世界の隅々まで実に素早く広まった力である。  19世紀後半は、「我々は建築様式を持っていない!」という文化喪失の嘆きに満たされた時代であった。全くもって間違った、正当性に欠ける言い分である。まさにこの時代こそ、以前のどんな時代とも異なる強力な様式を持った時代だった。それは文化史上、前例のない変化であった。-

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