2009年7月21日 (火)

ウィーン世紀末 エゴン・シーレ

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エゴン・シーレ 「横たわる女」 1917年
Egon Schiele  「Liegende Frau」(独) 

エゴン・シーレ(Egon Leo Adolf Schiele)の記事をいくつか書いたことがあったのは2年位前。ずいぶんと自画像が多いので、どんなに自分に興味があるものかと関心を持ったのが理由。

つまり、彼の作品は特別好きではないというのが本音です。

ただ、この「横たわる女」では、シーレのドローイングに多い女性の中では、比較的に穏やかな印象を受けるのでご紹介しました。どういうわけか、私は彼の作品から「ピリピリ」、「イライラ」が感じてしまいます。よく「エロス」、「ポルノグラフィティ」、「醜さ」などの言葉が持ち出されますが、私はそんなイメージではなく、「拷問された」とか「痛めつけられた」とかそんな印象。 つまりドメステックバイオレンスの被害女性にみえちゃう。

ところがこの「横たわる女」にはそういう印象がない。妻エディトらしい面影も見えます。

もうひとつ、下側の乳房から真下あたりに落款のようにもみえませんか?

この「横たわる」作品には「模様のあるブランケットのうえに横たわる裸の少年」っていうのがあったんですね。クリムトっぽいです。alei さんの記事だと思う。

そのトラックバックには、「花の咲いた草原に立つ少女」、「緑色のシャツを着て立った女、黒い靴下をはいた女(ヴァリー・ノイツィール)」がきていましたが、後者の記事は女性で、表現は違うのですが、シーレの作品について私と同じ印象を抱いているようです。

記事ちょっと更新
いつのまに記事アップしたんですか?

エゴン・シーレ 二重の自画像
ウィーン世紀末 クリムト、シーレの接吻、抱擁
エゴン・シーレ ウィーン世紀末的運命
クリムト・シーレ 「ダナエ」
エゴン・シーレ 磔刑 (Crucifixion)

sai さんの「クリスティーズ - Egon Schiele エゴン・シーレ」からは、クリスティーズでオークションにだされたシーレの作品、シーレの画集などの紹介。

過去記事
カテゴリー エゴン・シーレ

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2006年6月16日 (金)

Christies Important&Modern Art Egon Schiele

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1911. Stehendes Madchen in weissem Unterkleid
(Standing Girl in White Petticoat)
Christies Important & Modern Art London 20-22,June

クリスティーズで、 エゴン・シーレの作品が出品されています。エゴン・シーレについては、以前も記事をアップしています。はじめての方はご覧になってくださいね。

Egon Schiele Museum
エゴン・シーレの言葉
エゴン・シーレ 22歳
28歳でこの世を去った男 エゴン・シーレ
エゴン・シーレのシンジゲート
Cafe Museums/カフェ・ムゼウムとアドルフ・ロース

Bildnis_eines_jungen_mannes_erich_ledere Madchenakt_mit_weisser_umrandung_1911 Moa_1911_1

左から「Bildnis eines jungen Mannes (Erich Lederer), 1912」、「Madchenakt mit weisser Umrandung, 1911」、「Moa, 1911」

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2006年5月 1日 (月)

エゴン・シーレのシンジゲート

「カフェ・ニヒリズム」といわれた「MUSEUMS CAFE 」(ムゼウム・カフェ)で、エゴン・シーレはグスタフ・クリムトと初めて会ったのです。

世紀末ヨーロッパの文化事情を中心に、カフェの始まりから現代に至る300年のカフェ文化。カフェの光景―世紀末ヨーロッパの主役たち では、34のカフェの―その全盛期の―歴史的エピソードをつづったアンソロジーはカフェ一つ一つの個性が魅力的に表現されています。

イタリア
カフェ・フローリアン―共和主義に忠誠を誓ったカフェ 
カフェ・グレコ―ゲーテも訪れたローマのドイツ館

ハンガリー
カフェ・ピルバツクス―革命の遺物、若者たちのカフェ 
カフェ・ジェルボー ―プラリネやドラジェが自慢したケーキ店

オーストリア
カフェ・セントラル―アルテンベルクの
カフェへ行こう!
カフエ・シュペール、カフェ・ムゼウム ゼゼッション派の空間とアドルフ・ロースの空間

チェコスロバキア
カフェ・スラビア―冬の時代のオアシス、チェコ文学の故郷

ポーランド
カフェ・ヤン・ミハリク―“若きポーランド”の力みなぎる文学が根づいたカフェ

ドイツ
カフェ・デス・ウェステンス、ロマーニッシェス・カフェ
カフェ・アインシュタイン―首都大ベルリンの文学と芸術のカフェ
カフェ・ルイトポルト―元首ルイトポルトの名をとった荘大なコーヒー城

スイス
カフェ・オデオン―亡命者たちが集まった異国の故郷

フランス
カフェ・ブロコップ―啓蒙主義とフランス革命 そしてベルレーヌ
カフェ・ラ・クロスリ・デ・リラ―ヘミングウェーの心を温めたカフェとラム酒

スペイン
カフェ・デ・ヒホン―洒落男ダリも登場したマドリードの文芸カフェ

ポルトガル
カフェ・タバレス―激動時代の論客たちの溜まり場
カフェ・ア・ブラジレイラ―リスボン―マドリード間、翼のあるカフェ

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2006年4月30日 (日)

エゴン・シーレ 22歳

エゴン・シーレ―二重の自画像から

『エゴン・シーレほど自画像に執着したアーティストはいない。そこはゴッホやゴーギャンよりも、写真家ロバート・メイプルソープを思わせる。』と、かの松岡正剛氏は記しています。

『自画像はデッサンを含めて一つとして似たものはないのにもかかわらず、そこにはどう見てもアンドロギュヌスがいっぱいあらわれている。そのアンドロギュヌスは当然に男であって女であるけれど、それとともに神であって人であり、少年と少女であり、男娼と娼婦であって、また着衣であって裸体の、性交と自慰の、二重化されつづけるアンドロギュヌスだった。』

しかし自画像を描きまくったからといって、シーレはべつだん自己表現なんてどうでもよかったのである。-とも。
   -エゴン・シーレ―二重の自画像

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2006年4月20日 (木)

28歳でこの世を去った男 エゴン・シーレ

エゴン・シーレ―ドローイング水彩画作品集

カフェ・ニヒリズム」といわれたCafé Museumにて、分離派の芸術家達が新しい時代の到来を語り合うその中に、「28歳でこの世を去った男 Egon Sceiele エゴン・シーレ」もいました。
   - エゴン・シーレ―ドローイング水彩画作品集

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2006年4月10日 (月)

エゴン・シーレの言葉

表現主義のオーストリアの画家 エゴン・シーレ 
「ぼくは人間である。ぼくは死を愛し、そして生を愛す。」 

「ぼくは思う。現代的な芸術などありはしない。 在るのはただ一つの芸術、永遠に続く芸術だけである」

「大人達は忘れてしまったのだろうか? 皆、自分達が子供だった頃、どれほど堕落していたかを。つまり、性の狂おしい衝動のためにいかに活気に溢れ、そして興奮させられていたかを」 

「どんな外套でぼくらの身を覆うとしても、それは結局 虚無を覆うことにしかならない。なぜならそのような外被は、身体の各器官と絡み合う欲望を持つかわりに、ぼくら自身をただ隠すことにしかならないのだから」 

「ぼくらは世界がかつて見たいちばん暴力的な時代に生きているんだ。-何十万という人間が哀れにも破滅していく-誰もが自分の運命を、生きながらあるいは死につつたえなければならない。-1914年以前のことは別世界のことなんだ。だらかぼくらは常に未来に目を向けて行くしかない。希望を持てぬ人間は死者の仲間に過ぎぬ。新しい生命を生み出すあらゆる事態に身を屈めて耐える心構えがぼくらには必要なのだ」

   -エゴン・シーレ―ウィーン世紀末を駆け抜けた鬼才

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2006年4月 1日 (土)

Egon Schiele Museum

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EGON SCHIELE

EGON SCHIELE-MUSEUM

あのヒトラーと同じウィーンの美術学校をめざし、シーレは入学し画家となりますが、ヒトラーは合格できず独裁者への道を開きました。その美術学校とはウィーン美術アカデミーです。

追記:ヒトラーの絵は、300前後確認されているようで、9月には、「A Hitler」、「AH」などと署名された20数点が落札されたらしいですね。「プロオボスの教会」というのが高値がついたよう。国内のブログでは「ひどい絵」という眼識豊かな方々の記事が目につきますが、まさか、プロの画家と比べて?海外の記事の引用?

国内でも、美大に入学できず、その後は趣味で描いている素人の素晴らしいアマチュア作品もありますね。そういった属性もあります。

さて、ヒトラーの絵を飾る人間性はどうかな。ですから、当ブログも、ヒトラーの絵を引用したくないので、こちらから、2点ほどご覧頂けます。→Adolf Hitler - Wikipedia,

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